ノーベル文学賞のボブ・ディランとカウンターカルチャー

昨年発表されたボブ・ディランの”ノーベル文学賞受賞”というニュースに驚いた方も多いでしょう!
100年にわたる歴史のなかでミュージシャンへの授与は初めてで、フォークやロックも文学的価値を持つことを認められた瞬間でした。
一時は受賞を辞退するのでは!?との憶測もありましたが、文学賞を受け取ることを承諾し、先月4月1日にようやく賞状とメダルを受け取ったそうです。

公民権運動やベトナム戦争で揺れる60年代の米国で、戦争や人種差別に反対するメッセージ性の強いプロテストソング(抗議の歌)を次々と発表し、若者を中心に絶大な支持を集めたディラン。

今回はそのディランに影響を与え、50年代後半にアメリカ文学界で異彩を放った「ビート・ジェネレーション(ビートニク)」と言われた作家たちについてのお話を。

1950年代のアメリカは第二次世界大戦を終え、豊かな経済発展を謳歌していた黄金時代。
保守的な中産階級が多数出現し大量消費社会が確立する中で、物質的豊かさが幸せをもたらすというアメリカ的価値観とは違った生き方を求めた若者たちがいました。
そうした当時の社会体制、社会の価値観に異を唱え、言葉を武器に個を貫くことを求めた思想運動をビート運動、その活動に関わった世代をビート・ジェネレーション(ビートニク)と呼びます。
アメリカが生んだ最初のカウンターカルチャーです。
彼らの活動は、後のロック・ミュージックなどに大きな影響を及ぼす事になります。

その中心人物は、
アレン・ギンズバーグ(1926-1997)
ジャック・ケルアック(1922-1969)
ウィリアム・バロウズ(1914-1997)

彼らは、教会やカフェなどで自作の詩を訴えかけるように語る朗読会「ポエトリー・リーディング」という活動を盛んに行っていました。

1955年ギンズバーグは、約150人の前で「HOWL(吠える)」を初めて披露。
これが、ビートが世に登場するきっかけだったと言われています。
聴衆の多くが感銘し「この一夜で世界が変わった」と振り返る程の出来事だったらしいです。
そして出版された詩集「HOWL(吠える)」はビートニクたちのバイブルに。

1957年、ケルアックは自らの経験をもとにした自伝的小説「オン・ザ・ロード(路上)」を発表。
親友ニール・キャサディと共にアメリカを放浪する物語で、歳月を超えてなお若者の心を捉え続ける青春小説の金字塔。
これこそが、ボブ・ディランに『僕の人生を変えた本』と言わしめたビート文学の代表作で、その後60年代に巻き起こるヒッピームーブメントの礎となり ”ヒッピーの聖典” として愛読されました。

1959年には、彼らの仲間のひとりだったヘロイン中毒の天才バロウズは、ウィリアム・テルごっこをしていて誤って妻を射殺してしまった後、南米を経てモロッコに移住し小説「裸のランチ」を発表。彼はジャンキーたちやビート族たちのカリスマ・ヒーローに祭り上げられて行きました。

こうしたビートの精神は、60年代のロックミュージシャンたち引き継がれることになるのです。
ボブ・ディラン、ビートルズ、ジム・モリスン、グレイトフル・デッド、ジャニス・ジョプリン、ルー・リード・・・
彼らはビートの持っていた権威への反抗、自己探求、反戦、自然回帰といった精神を表現し、ロックは反体制的なカウンターカルチャーの象徴になっていきました。(その延長線上にはパンクロック、ヒップホップなどの音楽がある。)
そしてビートの精神は今やアメリカの文化だけでなく、世界中の文化に広がり生き続けています。

ビートニクの活動に共鳴するように、詩を「歌」という形で表現したディラン。
今回のノーベル文学賞受賞は、ケルアックやギンズバーグなどのカウンターカルチャーの歴史を代表する受賞なのかもしれない・・・

(杉澤)

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