プロレス中継に観るメディアの発展

1954年2月19日、日本のプロレス史上初の国際試合、
力道山&木村政彦VSシャープ兄弟の一戦は、
NHKと日本テレビによって2局同時に中継が行われた。

 

 

 

 

 

それがプロレス中継の始まりだった。

東京・新橋駅の街頭テレビには、実に2万人もの人々が押し寄せたという。
その後、力道山VSザ・デストロイヤー戦では、なんと64%という高視聴率を獲得している。

そして時代はテレビは一家に1台という時代となり、
ジャイアント馬場、アントニオ猪木の率いる全日本プロレスや新日本プロレスは
ゴールデンタイムでの中継をお茶の間に届けることになる。
特に新日本プロレスはストロングスタイルという路線で人気を博し、
更には昭和56年に登場したタイガーマスクの影響もあり、視聴率がほぼ毎週25%を超え
地方興行も空前の大入り満員が続いていたという。

 

 

 

 

 

その後、プロレスは空前の総合格闘技ブームに押され低迷期を迎えてしまう。
ゴールデンタイムに放送されていた中継は、収録方式で夕方へと移り、
最終的には深夜帯へと落ちてゆく。

しかし、プロレスの放送がなくなることは無く細々と続けられるなか、
総合格闘技が低迷を向かえ、プロレス界に新たなスターが誕生していく。

新たに誕生したプロレスラーはイケメンでマッチョという出で立ちで
女性ファンを獲得し、会場を満員にさせていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

そして時代は今、プロレスはテレビ中継からインターネット中継へと変わり、
PC、タブレット、スマホなどあらゆるメディアでいつでもどこでも(海外でも)
中継を見ることができる様に進化した。

スマホネイティブと言われる子共たちにはごくごく普通のことかもしれないが
古くからプロレス中継を見てきた世代にとっては驚くべき進化なのではないだろうか。

街頭テレビが街頭スマホになったとでも言うことだろうか・・・。
メディアの進化とプロレス中継、切っても切り離せない娯楽エンターテイメントは
いつの時代にも残っていく文化なのかもしれない。

(古谷)

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