失われていた音源が45年ぶりに発見!  ゲンスブールの映画の世界に6時間も浸ることができるサントラ完全版!

フランスやイタリアの幻の映画サウンドトラックをリリースしている人気シリーズ『ECOUTEZ LE CINEMA』からセルジュ・ゲンスブールのシネマ・サントラ作品集『Le Cinema de Serge Gainsbourg』が4月末にフランスでリリースされました。

Gainsbourg-Cinéma

1969年の映画『Les Chemins de Katmandou』のサウンドトラックがおよそ45年ぶりに発見!
この作品のサントラはこれまでリリースされたこともなく、マスターテープも失われたと思われていましたが、今年になってゲンスブールと共に音楽担当をしていたジャン=クロード・ヴァニエの娘が古いスーツケースの中からテープを発見! サントラ作品集『Le Cinema de Serge Gainsbourg』に収められることとなり、これで有名な映画から日本未公開の映画への提供曲まで、ほぼ全てを網羅することのできる完全版BOXが完成!
私も早速予約注文をしましたが、在庫切れのため約1ヶ月待ち。先日ようやく届きました。
CD5枚組でなんと131曲・約6時間の収録。しかも安い!ファンなら買って損は無い作品でしょう!
44ページのブックレット付きで、ジェーン・バーキンなどによるテキストとインタビューなども掲載していますが、インポート物のため勿論フランス語。残念ながら私は読めません・・・

 
ゲンスブールをよく知らない!という方に、彼の経歴を簡単にご紹介。

セルジュ・ゲンスブール(1928-1991)は、歌手、作詞家、作曲家、映画監督、俳優として多彩な才能をもち、異彩を放った才人。酒とタバコと音楽、そして何より自由を愛したフランスで最も多彩で最も称えられた芸術家の1人です。
フランス・ギャル、ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキン、アンナ・カリーナ、ヴァネッサ・パラディなど、彼女達の才能を開花させ、数多くの名曲を世に送り出します。

幼い頃から容姿にコンプレックスを抱えながらも、独特のダンディズムで数多くの美女たちを虜にしたモテ男です。また、楽曲を提供しプロデュースすることで浮名を流した彼についたあだ名は「稀代のロリータ調教師」。
「女ったらし」「変態オヤジ」などと呼ばれることも多く、62歳で亡くなるまでスキャンダラスな生涯を送りました。

「リラの門の切符切り」でメジャーデビューを飾って以来、反体制的な作風で人気を博します。
言葉遊びを重視した作風で知られ、性的な内容を扱った作品も多いです。
65年には歌手フランス・ギャルに「夢見るシャンソン人形」という曲を提供。60年代のフレンチ・ポップ(イエイエ・ブーム)の立役者であり、フレンチ・ロリータという伝統はここから始まります。

そして彼の人生に大きな影響を与えた、3番目の妻であるイギリス人女優ジェーン・バーキンとの出会い!!(そう!エルメスのバッグ ”バーキン”はこの人の名前が由来ですね!)

jean&Serge2

68年、映画『Slogan(スローガン)』での共演で恋に落ち結婚。(法的には結婚せず事実婚)
当時ゲンスブール40歳、バーキン21歳。“60年代最高のカップル”と称されました。
同年、バーキンとのデュエット曲「Je T Aime … Moi Non Plus(ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ)」をリリースするも、その過激な性描写によって、国によっては放送禁止になったり一部の人から反感を買いましたが、その話題性もありヨーロッパ全土でヒット。
その後もバーキンには無数の楽曲を提供しており、数々の名曲を残すこととなります。

また、映画のほうでは69年『カトマンズの恋人』(69年)、『ガラスの墓標』(69年)、 『女の望遠鏡』(73年)で次々と共演。
76年、ついにゲンスブール初監督作品にして問題作の『Je T Aime … Moi Non Plus(ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ)』を発表。

私生活では、バーキンの連れ子ケイト・バリー(写真家)を我が子のように育て、71年には2人の間に娘のシャルロット・ゲンスブール(女優)が誕生します!(ケイト・バリーは2013年、46歳で死去)

しかし、世間が憧れた ”理想のカップル” も次第にズレが生じ始めます・・・
73年ゲンスブールの心臓発作をきっかけに、夫婦の関係に亀裂が入り始めます。
バーキンの制止を聞き入れず、以前と同様の酒とタバコを辞めないゲンスブール。結局ふたりは溝を埋められず、80年に離婚。
しかし離婚後もバーキンには曲を提供し、ゲンスブールが63歳で他界するまで、私生活でも交流するなど良き友人関係が続きました。

81年、ゲンスブールは最後のパートナーとなる30歳年下のモデル・歌手のバンブーと同棲し、1986年には息子ルル・ゲンスブール(作曲家)が誕生。
一方、バーキンは82年に映画監督ジャック・ドワイヨンと結婚し、娘のルー・ドワイヨン(モデル・女優)を出産しましたが、91年のゲンスブールの死去と共に、ジャックとの関係にも終止符を打つ事に。
バーキンが何を考えてそうしたのかはわかりませんが、今でもゲンスブールから送られた数々の歌を歌い続けている彼女にとって、ゲンスブールの存在はさぞかし大きかったことに違いないです。

 
パリ7区の高級住宅街。ヴェルヌイユ通りにひと際異彩を放つ家があります。
セルジュ・ゲンスブールが1969年から亡くなる1991年まで暮らした自宅です。
これまで多くのファンが「参拝」し、壁に残していったメッセージの落書きがこの場所のシンボルとなっています。2013年に一般公開のために白く塗り直されたそうですが、公開が取り止めになったため、また新たな落書きが加えられているそうです。
現在この家の所有者は娘のシャルロット・ゲンズブールで、家の中には、妻のジェーン・バーキンや娘たちと暮らした頃のまま、当時の生活用品や装飾品などすべてが残されているそうです。
なんと灰皿にはまだ吸い殻も残っているんだとか・・・

1979年 自宅でのゲンスブールファミリー 

私も1998年に一度訪れています。
ここを訪れるのに、宿泊していたホテルのフロントに道を訪ねたのですが、
そのフロントの40代くらいの女性の方に「どうしてあんな人の家に行きたいのか理解できない!」という感じのことを言われたのを覚えています。
彼がフランス本国ではどう思われているのか少し疑問になりましたが、「あれ程の変態おやじ、そりゃあ嫌いな人もいるかぁ。特に女性は!」と、何となく一人で納得・・・。
何とか行き方を教えてもらい、結構すんなり辿り着きました。

そのときに撮った写真がこちらです。まだこの頃は落書きもそれほど多くないです。
日本語のメッセージもチラホラと・・・
Sergehouse_01 Sergehouse_02

 
「変態」、「女ったらし」と言われる所以・・・
彼の破天荒な変人伝説をいくつか紹介したいと思います。

● あのサルヴァドール・ダリの愛人と付き合い・・・
学生時代にシュルレアリスムの旗手、画家サルヴァドール・ダリの愛人と一夜を過ごし、そのまま結婚。ダリのアパートに忍び込み、二人はそこで愛し合っていたそうです。

● マイルス・デイヴィスの妻、ジュリエット・グレコにも?
今やシャンソンのスタンダードにもなっている、ジュリエット・グレコに捧げた曲「ラ・ジャヴァネーズ」。グレコとは関係をもとうとしたところを、ロシア貴族の娘だった2人目の妻に止められたというエピソードがあります。

● 10代の清純派アイドルに卑猥な歌を歌わせる。
フランス・ギャルに提供した楽曲「Les sucettes (アニーとボンボン)」

「アニーは棒キャンディが好きなの・・・」という内容で、曲名の中の「sucette」という言葉は
ロリポップキャンディを意味すると同時に、性的な隠語・・・でもあったそうです。
当時18歳のフランス・ギャルは何も知らず歌っていたそうで、その後この歌詞が含む裏の意味を知ったギャルは、人間不信に陥り何週間も引きこもることに・・・。
PVでみせる無邪気な笑顔が痛ましいです。

「Les sucettes」

● SEXシンボル ”ブリジット・バルドー” との、
男女の性愛を生々しく表現した曲「Je T Aime … Moi Non Plus」

67年、TVショーの共演をきっかけに、時の大スターB.B.ことブリジット・バルドーと恋に落ちることに・・・。
B.B.のために彼が一晩で書き上げたこの曲は二人のデュエットで、バルドーによるあえぎ声の演技とともに録音されましたが、B.B.は既婚者だった為、夫の怒りを買い発売中止に。(約20年後の86年にリリースされました)
この一件で二人は破局。2年後の69年にバーキンとのデュエットで再録音しリリースしました。

● 初監督作品、映画『Je T Aime … Moi Non Plus(ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ)』
同性愛(ゲイ)のカップルと、少年のような女の子(ジェーン・バーキン)の何ともややこしい三角関係を過激な性描写を交えて描いたためイギリスを始め海外では発禁映画に。フランス本国でも物議を醸しだした問題作です。

● フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」をレゲエ調アレンジ!
革命の歌だから、革命的な音楽であるレゲエにアレンジしたとのこと。
フランス国内ツアーは各地で極右派からの爆破予告を受ける事態を引き起こします。

● 500フラン紙幣に、ZIPPOで火を・・・・
TV番組の生放送で、高額な所得税への抗議として500フラン札を燃やすパフォーマンスを披露!
税金で稼ぎの74%も持って行かれる・・・、残るのはこれだけだ!という意味でお札の2/3以上を燃やします。結果、この行為は金持ちのやる挑発にしかとらえられず、フランス国内で激しい非難、不快感、反感を巻き起こすことに。

● 13歳の愛娘シャルロットとベッドの上で・・・
84年、愛娘シャルロットとのデュエット曲「Lemon Incest(レモンの近親相姦)」を発表。
「Incest(近親相姦)」と「Un zeste(皮)」をかけた、お得意の言葉遊び。
ショパンの「練習曲第3番 別れの曲」に、セルジュが近親相姦を連想させる歌詞をつけた楽曲で、
PVでは下着姿のシャルロットと上半身裸のセルジュがベッドの上で歌っている映像が、フランス国内で物議を醸し非難の的になったそうです。

「Lemon Incest」

● また・・・。映画「Charlotte for ever(シャルロット・フォー・エヴァー)」
86年、セルジュ・ゲンスブールが、実娘シャルロット・ゲンスブールと共演し、監督した作品。
15才の実の娘にスケスケの濡れた肌着を着させて腰を振らせ踊らせたり、またもや近親相姦的な愛を描く。

● 生放送中、ホイットニー・ヒューストンに「この女とヤリたい・・・」発言
TV共演したアメリカの歌手ホイットニー・ヒューストンに対し、英語で ” I want to fuck her! ” と絡みだす。司会者はウソの通訳をして事態の収拾に当たろうとしますが、すでに手遅れ。
番組終了後、彼女の怒りは収まらず、米・英のメディアが侮辱発言、人種差別として報道する事態に。

その他にも、60歳の時に16歳のヴァネッサ・パラディと同棲していた・・・とか
遺作となったロリータ・コンプレックスをもったサエない露出狂の映画「スタン・ザ・フラッシャー」を作ってみたり、死の直前まで、スキャンダラスな存在であり続けました。

美しいものに憧れ、ファッションにこだわり、自分の思いや主張を過剰なまでに演出した
永遠のアンチヒーロー、セルジュ・ゲンスブール。
音楽やファッション、映画界にとって彼の残した遺産はあまりにも大きいです。

彼の残した音楽や映像作品に興味を持っていただけたらファンの一人として嬉しいです。

(杉澤)